学級通信たまに教育雑感ブログ

実際に配布した【学級通信】を掲載しています

【担任になるアナタへ】NO.7:入学文集

【担任になるアナタへ】NO.7:入学文集

教室

2023-04-07

オススメ:★★★★★/労力:?/効果:?

卒業文集はもちろんですが、入学文集も試してほしいです。

卒業文集の場合、高校3年の卒業間際(製本のことを考えるとたぶん3年10月くらいから)に書かせて完成させていきますが、入学文集となると入学後すぐに書かせる必要があります。

数年前であれば、書いたものを3年間保管しておくことは難しかったかもしれません。

しかし、今は1人1台端末があります。

デジタルであれば3年間、記録を取っておくことも比較的容易にできます。

1人1台端末を使って入学時から文章を書かせる経験は、アカデミックスキルを身につけることにも繋がるはずです。

卒業時に卒業文集と合わせて冊子にしたら、一生残せるステキ一冊になると思いませんか?

ぜひチャレンジしてください。






【担任になるアナタへ】NO.6:学級通信

【担任になるアナタへ】NO.6:学級通信

教室

2023-04-04

オススメ:★★★★★/労力:5/効果:5

新人時代、先輩から、

「高校にもなって学級通信なんて書かないよ~」

と言われたことを信じ込み、最初の担任のときは一切書きませんでした。

それから9年…

HRだけでは自分の言いたいことは伝えきれないと考え、学級通信を書くようになり、現在に至るまで合計250号分の学級通信を発行しました。

私の誇れる取り組みの一つです。

周囲の先生からは、

「学級通信って意味ありますか?」

などと聞かれることがありますが、学級通信を発行することにデメリットはありません。

特に、保護者からのウケは良かったと思います。

高校生になると保護者とのコミュニケーションが少なくなります。

学級通信はそのコミュニケーションの隙間を埋めるためのちょうど良いツールになっていたようです。

学校のこと、担任のこと、クラスの様子などを知ってもらうことは、保護者からの信頼を得ることに繋がります。

教育活動もやりやすくなりますし、無駄なトラブル防止にもなっていたと思います。

また、生徒に語りたいことをまとめるのにも役立ちました。

イラついた時でも学級通信に書くことで、自然と冷静になれました。

しかし、書くという活動にはそれなりに力が必要です。

たまたま私は習慣化できましたが、書けない人にとっては辛い取り組みかもしれません(なので労力5にしました)。

毎日発行している先生がいたりしますが、それがどれだけスゴいのかは書けばわかります。

学級通信を続けるコツは、書く内容にこだわらないことです。

学校のこと、行事のこと、生徒の様子などにこだわると、「ネタがない~」となってしまい、どんどん書けなくなります。

ふと感じたこと、学校や教育以外のこと、何でも自由に書くことをおススメします(プライベートなことを書くと生徒も保護者も興味を持ちます)。

ただし、説教通信にはならないように注意しましょう。

(これ自分のことだ…)

ということを公開で注意されているような文章だと、真意が伝わらずに恨みになることがあります。

読んでいて面白くないものは読まれません。

注意喚起をしたいときでもポジティブな文章を心がけてください。

また、定期的に発行することもおススメします。

私の経験上、不定期発行だと、けっきょく途中で力尽きて書かなくなる人が多いです。

どんな内容を書いたらよいかわからないというのであれば、私の学級通信250号分をデータで差し上げます。

出版するときはどうぞご相談ください笑。



【担任になるアナタへ】NO.5:ポートフォリオ

【担任になるアナタへ】NO.5:ポートフォリオ

教室

2023-04-03

オススメ:★★★☆☆/労力:5/効果:5

ポートフォリオはとても教育効果の高い活動です。

最近では大学入試などにも使われ始めています。

しかし、やる子は一生懸命にやるけど、やらない子はぜんぜん取り組まないという難しさもあります。

成績に反映させるなどの強制力をもって取り組ませても、指導方法、指導体制が統一されず、手段も目的も曖昧になることが多いです。

ポートフォリオの意義、目的、効果、指導方法などについて教員同士で共通理解ができなければ、学年全体でのポートフォリオの取り組み(3年間の記録を溜めていく形式)は実現できないと考えています。

やり切れればとても意味があるけれど、体制が整わないためにやり切れていない活動…それがポートフォリオ学習です…と個人的には思っています。

本来であれば「総合的な探究の時間」や「人間と社会」などで使用していたファイルがポートフォリオの役割を果たすはずなのです。

ファイルを3年生まで取っておき、進路の時期に何回も見直すことで自分のやってきた活動が自信となり、進路決定の一助になっていました。

最近では、キャリアパスポートという取り組みや、デジタル端末を使ってeポートフォリオを作らせる方法もあります。

どのような形でポートフォリオに取り組むのがいいかは思案のしどころです。

何が効果のある取り組みで、どのようにしたらやり切れるのかを考えてみてください。

私が以前読んだ「自分が好きになる 自信がわく 願いがかなう 夢ファイル」という本がとてもわかりやすかったので以下に紹介しておきます。

 



【教育雑感】ネガティブな先輩にはならない

【教育雑感】ネガティブな先輩にはならない

先輩と後輩

2023-04-02

先輩の先生が生徒に、

「受験期には、ネガティブな友人とは関係を切れ」

と言っていたけど、仕事でも同じだなと。

私が思う仕事にネガティブな人というのは、

無理をしない

一生懸命はやらない

無駄なことはしない

やったことないことはやらない

決められたこと以外はやらない

知らないことは調べない

…という人たちのこと。

ライフワークバランスだとか働き方改革を重視するのは当たり前なのだけれども、新人に、

「できる範囲でやればいいよ」

「無理しない方がいいよ」

「それはめんどくさいからやめた方がいいよ」

「どうせ生徒はできないよ」

という言葉を浴びせ続けられたら、何もできない、何もしない、何も知らない先生になる可能性は高いと思う。

現にそういう先生はけっこうな数いるし、コロナ禍でさらに増えている気もする。

一生懸命働いたら負け…

熱血なんて流行らない…

たしかにそうかもしれないけれど、それはその道を通った人たちが振り返って出す結論であって、何もしなかった人たちが新人に吹き込む思想ではないでしょう。

新人と組むときは、前向きな言葉をかけて、前向きな行動をとれる先輩であろうと思うわけです。



【担任になるアナタへ】NO.4:学年行事

【担任になるアナタへ】NO.4:学年行事

教室

2023-04-01

オススメ:★★★★★/労力:5/効果:5

学年行事を積み重ねると生徒(特に実行委員)は成長します。

私の担当していた学年も、球技大会や卒業イベントの運営を通じて成長しました(コロナの影響で本格的に行事ができるようになった時期が遅かったのは残念でしたが)。

一般的な学校では、球技大会を自分たちで運営させて自信をつけさせ、それから体育祭(学校全体の行事)に向かう流れをとっています(体育祭あるあるです)。

一年生の頃から少しでも行事を運営させる経験をさせると良いでしょう。

学年行事のネタはたくさんありますし、体育祭、文化祭、合唱祭などの学校全体の行事とは異なり、自由度も高く設定できます。

いろんな先生に聞いてみると、面白い行事のネタを仕入れられるかもしれません。

特に私立の先生は独自の文化を持っています(知り合いの先生がいれば聞いてみると良いでしょう)。

学年団の皆さんでアイデアを出し合って、生徒の成長に繋がる学年行事を作っていってください。

【私の学年で行った主な学年行事】

1.クイズ大会

本当にやりたかったことは「調べ学習大会」だったのですが、コロナ禍での苦肉の策としてクイズ大会にしました。

実施形式は、4択60問をグループで協力して回答(クラス内で競い合う)+早押し問題30問をグループで協力して回答(他クラスと競い合う)というものでした。

クイズの内容は、Webフォームで生徒全員から募集しました。

実行委員の準備(問題冊子の作成、早押しクイズ用のスライド作りなど)はそれなりに時間がかかりましたが、一般生徒への事前指導は比較的少ない行事でした。

2.フィルムコンテスト

本当は授業でやろうと思っていたのですが、コロナ禍で何もできないまま終わりそうだったので学年行事として実施しました。

クラスでグループ分けをして、自由に動画を作ろうという取り組みです。

スマホ撮影、スマホ編集、スマホでデータ提出だったので、特別な機材などは使いませんでした(今の時代ならではの行事かもしれません)。

生徒には、

ばかっこいい動画、ダンス動画、コマ撮りアニメーション、タイムラプス、お笑い、ショートドラマ、学校紹介、クラス紹介、コント動画、やってみた、弾いてみた、踊ってみた、歌ってみた、ゲーム実況…などなど。制作期間など考えて、作りたい作品を企画しましょう。


と説明しました。

作られた動画のクオリティはともかく、グループで協働する行事としては効果が高かったと思います(仲が悪くなることも含めて学びになりました)。

3.球技大会

学年行事の鉄板です。

学校によっては全学年で共同開催することもあります(先輩が後輩と当たるとガチになるので面白いです。引退したサッカー部3年vs現役サッカー部2年などはとても盛り上がります)。

種目、ルール、役割分担など、生徒だけで決めて、生徒だけで実施できるのが良い点です。

タイムテーブル(対戦表)さえ作れてしまえば、失敗することはほとんどありません。

体育祭に向けて、生徒に自信を持たせるのにはちょうど良い行事だと思います。

教員チーム vs 生徒代表というのも球技大会あるあるです。

学年の先生たちと学年の生徒の仲を深めるのにはとても良いです。

4.卒業イベント、3年間を振り返る会

私の担当していた学年は別々に開催しましたが、多くの学校では「卒業イベント」という名の3年間を振り返る会が一般的だと思います。

担任に対してお手紙読んだり、担任の先生たちが演奏したり、思い出ムービーを流したりするのが定番となっています。

実施日や方法はさまざまで、卒業式予行後に実施したり、卒業式直前、直後に実施したりと、その学校の事情や独自の文化があります。

「めんどくさいからやらない」という学年もありますが、一生に一回の卒業をみんなで盛り上げていく方が学校生活が彩られる気がします。



【担任になるアナタへ】NO.3:学年集会

【担任になるアナタへ】NO.3:学年集会

教室

2023-03-31

オススメ:★★★★★/労力:3/効果:5

毎日顔を合わせる担任がギャーギャー叫んでも生徒には響きません。

そこでオススメなのが学年集会です。

定期的に学年集会を行い、いろんな先生が真剣に語る(担任団の先生が持ち回りが良いと思います)ことで学年に一体感が出ます。

クラス間の不公平感も少なくなります。

一方で、説教だけの学年集会は生徒から文句が出ます。

「ダメなことしている連中だけ説教しろよ!」

「あいつらのせいでめんどくさい時間を過ごすハメになった…」

などという意見が出て、学年は分断され、不公平感が強まります。

生徒の中からミニ先生が登場し始めたら最悪です(兄弟の上の子がミニ母親になるパターンと同じです)。

私が担任をしていた学年は、先生たちのキャラクターバランスが良かったです。

A先生が理想を語る…

B先生が建前を語る…

C先生が事実を語る…

私がちょっと笑いをとりつつ、ぶっちゃける…

それぞれがそれぞれのキャラクターで真剣に語っていました。

振り返ってみて一番大切だったのは、堂々と理想や正論を語ることだったと思います。

「そんなこと言わなくてわかるでしょ」

となるのが正論や理想論ですが、3年間、A先生の話を聞いて、やはり誰かが理想を語ることが大切なのだと学びました。

「OOする学年を目指してほしい」

「友人とはOOな関係を築いてほしい」

などなど。

語る内容や語り方は発達段階に応じて異なりますが、全体に対して担任団の想いを真剣に伝えることはとても重要なことです。

ぜひ、学年集会で学年の理想を語る時間を作ってください。

そして(理想を押し付けないように)理想を語れる先生であってください。

目標やスローガンがあるとさらに良いと思います。

【集会(進路ガイダンス、終業式、始業式などの式典を含む)での服装指導】

(※服装指導が必要かどうかの議論については置いておきます)

多くの学校において、集会は正装が基本です。

スカート丈、ネクタイ、リボン、ブレザーの着用など、ここでやらないと服装指導の機会を失い、大切なときにだらしない学年になります。

始業式、終業式で態度が悪かったり、ガイダンスで外部講師に嫌な思いをさせたり…最悪なのは卒業式にしまりがなくなることです。

服装指導など時代にそぐわないという批判も受けますが、場面に合わせた振る舞いや服装は必要だと思います。

最低限のTPOが身に付いていないと、子どもたちが損をします。

普段うるさく言わなかったとしても、ここぞの場面では服装を整える習慣は身に付けさせましょう。

服装指導の方法としては、

「教室で直させる」

「体育館(集会場所)で直させる」

の二段構えが基本です。

外部の講師がいる場合は、教室のみで服装指導を徹底します。

私は、スカート丈、ネクタイ(第一ボタンを留める)、リボン、ブレザーを整えさせ、友だちとお互いに確認させていました。

その間に、教室や体育館で生徒の間を通り、直さない生徒を指摘していくという流れです。

ここで教員の指導スキルの差が出ます。

強引にネクタイを締めさせるのか?

ちょろっと指摘して誤魔化すのか?

褒めて気分よくさせるのか?

北風と太陽を生徒によって使い分けられるかがポイントです。

一人でやると絶対にうまくいきません。

担任団全員で頑張りましょう。

生活指導が苦手な人もいますのでフォローしてあげてください。



【教育雑感】学年解散旅行

【教育雑感】学年解散旅行

芦ノ湖

2023-03-28

一泊二日の学年解散旅行が終わった。

教員1年目の頃、3学年の担任をしていた先生が、

「うちは仲が悪いから旅行なんていかないよ」

と言っていて、

(あ~普通は学年は仲が良くて、普通は解散のときに旅行に行くものなんだな)

と思ったことを覚えている。

初めて担任を持ったときは(無事に?)学年解散旅行に行くことができた。

ベテランのじいさん先生が、

「え~めんどくさいよ~」

的なことを絶対に言うと思ったので、先手を打って

「他の人は今まで何度も経験してるかもしれませんが、私は行ったことがないので、あの人(じいさん先生)が行かないと言い出しても、絶対に学年解散旅行は実施してください!」

と学年主任には頼んでおいた。

案の定、じいさん先生は旅行に行くことを渋ったが、けっきょくはやって来た(ヤル気のない難しいじいさんだった笑)。

旅行自体がすごい楽しかったというわけではなかったけど、ゆっくり食事をして、ゆっくり風呂に入って、たわいもない仕事の話をして、

(あ~先生たちってこうやって担任を終えるだな…)

という思いに浸ることはできた。

それ以来、担任を組む時には「学年解散旅行に行くこと」を目標にしている。

特に、初めて担任になる先生に対しては、

「絶対に学年解散旅行まで連れて行ってやるんだ!」

という謎の使命感を持つようになった。

3年間一緒に仕事をして、最後に一緒に旅行に行ける担任団で終われるかどうか?

あれから十数年…
いろんな担任団を見てきたけど、これがなかなか難しいことだということがわかった。

今回、無事に学年解散旅行に行けたということは、
ただただ恵まれていただけなのかもしれない。

前回と同様、旅行自体がすごい楽しかったというわけではなかったけど、ゆっくり食事をして、ゆっくり風呂に入って、たわいもない仕事の話をして、異動する人たちとの別れをを惜しむことができた。

旅行を終えた今、

「旅行に行ける学年でいてくれて、ありがとう」

と感謝の気持ちが溢れている。

 

【担任になるアナタへ】NO.2:バランスを保った生活指導

NO.2:バランスを保った生活指導

教室

2023-03-28

オススメ:★★★★★/労力:5/効果:5

本の学校の生活指導は世界的に標準なのか?

これだけ社会が多様化している時代にアンシャンレジームな指導(そもそも指導って言葉もどうかと思いますが)に意味があるのか?

ブラック校則という言葉が取り沙汰されているのに、これまでの反省をせず、生活指導は成り立つのか?

…そんなことを考えると、思うことはたくさんあります。

が、ここではその議論は置いておきます。

多くの学校において、生徒の最も近くにいる先生(担任)には、頭髪、服装、アクセサリー、言葉使いなどを指導することが求められるでしょう。

ただし、求められるているからといって、スカートの丈に毎日ブチ切れるような指導はしないことです。

そんなことしていたら生徒との距離がどんどん広がっていきます。

私の経験上、ブチ切れた指導をして良かったことなどありません。

最終的には生徒から、

「何でダメなんですか?」

と詰め寄られて、

「あなたのためだから!」

「ルールを守ることが大切なのよ!」

という毒親チックな説明しかできず、

(あーけっきょく自分の言うこと聞かせたいだけなのね)

と思われるのがオチです。

いくら校則などで決められていても、それを普段から100%守るのは不可能です(まあできる学校もありますけど)。

生活指導においては、抜きどころと、締めどころのバランスを調整する感覚を身に付けてください。

私が担任をしていた学年は「TPO」という言葉を多用していました。

それは、生活指導を通じて社会での振る舞い方を学んで欲しかったからです。

時と、場所と、場合を考えた振る舞いや発言は、社会生活を営む上での基本だと考えています。

「ハズしてはいけない場面でハズさない」

それが私たちの学年での生活指導の目標でした。

ですから、常に100%の指導ではなく、緩めたり、締めたり、目を瞑ったり、お願いしたり…そういうことを繰り返しました。

外から見ていた先生たちからすれば、生活指導のできない学年だという批判もあったかもしれません。

しかし、私は信念を持って緩さと厳しさを両立したと思っています。

この緩さと厳しさのバランスが分かっていないと、ゼロか100かの指導しかできなくなります。

生活指導の基準やルールについて教員間で話し合うと、

「ルールを決めてくれないと指導しづらい!」

「もっとルールを明確にしてくれ!」

「べつにルールは何でもいい!決めたらやるし、決めなきゃやらない!」

という意見が必ず出ます。

新人の頃、全く同じことを思っていたので、気持ちはよくわかります。

あれからいろんな経験をして、生活指導はそんなに単純な話ではなかったということがわかりました。

けっきょく教育とはバランスをとりながらやるものだと思うのです。

だから、とてもめんどくさく、とても時間がかかるのです。

学年集会、定期テスト、進路ガイダンス、たまに抜き打ち…

「私たちは皆さんのことを見ていますよ」

「何でもありではないですよ」

という雰囲気を作りつつ、普段の声かけとのバランスを保ってください。

一番ダメなのは放置、野放しです。

何をしてよくて、何をしてはいけないのか?

普段の学校生活の中で、集団生活における善悪の感覚を身に付けていないと、大きな事件や事故に発展することもあります。

大きな問題が起きてから、普段は何も言わないのに、集会では説教が始まる…

だいたいの場合は、何を怒っているのか意味不明な状態になります。

逆に、普段も説教、集会でも説教の場合は、恨みを買います。

締め付けすぎると、夜の校舎で窓ガラスを壊して回るか、盗んだバイクで走り出すだけです。

しつこいようですが、大切なのはバランスを保った生活指導です。

しかし、これがなかなか難しいのです。

この難しさは、生徒たちとのコミュニケーション、先生たちとのコミュニケーションの難しさだと思います。

自分の考えと、相手の考えをどうやって納得解に導くのか?

年齢も、経験も、価値観も、育ってきた環境も違う者同士のコミュニケーションの難しさがそこにはあります。

生活指導に正解などありません(暴言、暴力、人権侵害などの不正解はあります)。

まずは担任団のコミュニケーションを深め、バランスを保った指導について、バランスを整えてみてください。



【担任になるあなたへ】NO.1:教室に文房具を置く

NO.1:教室に文房具を置く

教室

2023-03-27

オススメ:★★★★☆/労力:2/効果:?

ペン、定規、ハサミ、カッター、カッター台、セロハンテープ、穴あけパンチ、ホチキス、クリアーファイル、マスク、いらない裏紙など。

クラスの共用品として置いておくと便利です。

使い方が悪い時に指導は必要ですが、何かちょっとしたことやりたいときに文房具があると生徒は喜びます。

特にプリントの整理ができない子にはクリアーファイルは便利です。

数学の計算用紙とか、絵を書く時の裏紙とかも便利です。

「自分のものを使うべきだ!」

「ハサミやカッターは危険だ!」

…そんな意見も出るかもしれませんが、共用のものを大切に使うということも1つの教育だと思います。

6年間、文房具セットを教室に置いていましたが、問題が起きたり、デメリットになったことは1度もありません(使い方が悪くて注意したことはあります)。



【担任になるあなたへ】はじめに

【担任になるあなたへ】はじめに

教室

2023-03-15

私のような変わり者(自分自身では自覚はありまさん)がアドバイスをした結果、新人さんが学年で浮く姿も見えます。

しかし、最近のこの業界を見渡すと、何も教わっていない人が増えた気もします。

私の新人時代は、先輩が、

「お前、生徒と変わらねぇな」

「だからお前はダメなんだよ」

と、新人をいじりつつ、たくさんのことを教えてくれました。

当時の私は、先輩から言われたことをただただ真似ていただけで「何故それをやらなければいけないのか?」よくわかっていませんでした。

けれど、振り返ってみれば先輩たちがやっていたことには(すべてとは言わないまでも)意味があったのだと思います。

「いいか〜担任ていうのはなぁ〜」的な教育観を押し付けることは、令和の時代にマッチしていないかもしれません。

しかし、私が学んできたこと、担任を経験して気がついたこと、これをやっておいた方がいいよ的なことを自戒の念を込めて書いておくことが自分のためにもなると思い、筆を取りました(パソコンで打っただけですが笑)。

ここに書かれていることが、正しいとか、正しくないとかいう観点ではなく、自己啓発書的な気楽な読み物としてお読みください。

学年で共有していただいても問題ありません。

出版する際は、お声かけください笑。

【教育雑感】生徒からの手紙

【教育雑感】生徒からの手紙

手紙

2023-03-18

卒業式の日にもらった生徒からの手紙を読んだ。

ある生徒からの手紙には、私とのたわいもない会話のエピソードが便せん2枚に渡り綴られていて、懐かしさで胸がいっぱいになった。

でも、最後に、

「これ、AIで書いてもらったんです。すごく便利ですね」

って書いてあって、胸がザワザワした。

本人は冗談のつもりで書いたのだろうけど、ChatGPTならやりかねない気がした。

読み返せば読み返すほど、だんだんとそんな気がしてきて不安になった。

私とその生徒しか知らないエピソードだから、AIではないよね…

でも、そういうことも設定すれば、それっぽいことを書くのではないか?

AI怖い…

まあ私のイラストはAIではまだ描けないとは思うので、きっと冗談なのだろうと信じたい。

 

【教育雑観】入学文集

【教育雑観】入学文集

ノート

2023-03-04

数日後の卒業式を前に、卒業文集を読んでいる。

けっこう長い教員経験の中でも、まともに卒業文集に取り組んだのは初めてだと思う。

卒業文集を作成するにあたって、生徒には以下のように連絡した。

卒業に向けて文集の制作を行うことになりました。「3年間を振り返って」の正直な気持ちを言葉にしてください。コンセプトは「正直な気持ちが表現されていること」です。

1.タイトルを入力してください。

(例)私とOO高校、OO高校で過ごして、何だかんだ言ってこの学校で良かった件、私の高校生活5選…etc

※ 「3年間を振り返って」は禁止です。
※ 堅苦しくなくても良いですが、おふざけは禁止です。

2.700~800文字で「3年間を振り返っての正直な気持ち」を書いてください。ですます調、である調、会話調など気にしません。自分らしさを表現しましょう。

※ おふざけ的文章、誹謗中傷、公序良俗に反すること、度を過ぎた学校批判、誰かの暴露話は禁止です。
※ 内容がヒドイ場合、文字数が足りない場合などは、書き直しになります。
※ 誤字・脱字、てにをはなどの修正は委員や先生が行います。ご了承ください。

 

おふざけ文章の修正や、提出しない生徒の追い込みなどはあったが、完成した文集を読むと心に来るものがある。

文集を作ろうとすると高校3年の10~11月あたりから取りかかるのが通常だ。

しかしこの時期は、総合型、学校推薦、受験勉強まっさかり。

(忙しいから、まあ、いっか…)

というパターンになるのも通常だ。

この(まあ、いっか)に打ち勝たない限り、文集が作られることはない。

打ち勝ってよかった…心からそう思う。

デジタルな時代で良かった…心からそう思う。

そして今、全員の文集を読みながら、新しいことを思いついてしまった。

(入学したときの文章も一緒に読みたい)

入学時に「OO高校に入学して」を書かせる学校もあるが、それを文集にしているという話は聞いたことがない(あるのかな?)

もし3年前に戻れるのであれば、入学時の不安や期待、入学の経緯、目標といった正直な気持ちを800字くらいで書かせて、全員分を廊下に掲示したい。

そして卒業のとき、入学時と卒業時の文章を並べて文集を作りたい。

今はデジタル時代。

紙で書いたものを3年間保存しておくことは難しいが、デジタルならばできる。

思いついちゃうオジサンの思いついちゃう病なのかもしれないが、思いつきは思いついたときに残しておかないと忘れてしまうので、ここに書いておく。

【教育雑観】押し付け教育観

【教育雑観】押し付け教育観

卒業式会場


2023-02-24

3回目の担任がそろそろ終わる。

今は卒業イベントの準備をしたり、卒業式の準備をしたりとバタバタしている。

コロナでいろんなことが失われてきたので、卒業イベントもゼロから作っている。

とりあえず、朗読劇、いろんな先生からのメッセージビデオ、思い出ムービー、担任の先生への質問コーナー、そして…教員演奏…というラインナップになった。

できもしないくせにギターを弾くことになった私の左手の薬指は、現在、絶賛、壊死寸前。

担任団が生徒に演奏をプレゼントするなどというベタなことをやるなんて時代遅れだって言われそうだけど、今までやったことないんだから、無理矢理でも他の担任を巻き込んでやるしかないと一ヶ月前に思いついた私を恨みたい。

けど、もうこの先そんな機会は一生ないかもしれないし、ベタなことをやらずに先生っていう立場で何でも知ってそうな顔して生きていたくなかったし、ここで選ばない理由はないんだよね。

最近ずっとこのパターンだわ…

振り返れば、私が新人の頃の先輩たちが生徒の前で演奏していたのは今でも覚えていて、昔の先生がやってたことがすべて正しいとは思わないけど、今よりは随分と情熱的だった気はする。

美化されてることもあるとは思うけど…

「あの子たちに担任の気持ちを感じて欲しいんだよね〜」とか、

「彼らを喜ばせてやりたいんだよね〜」とか、

恥ずかしげもなく職員室で話していたし。

今は、苦手なことはやらなくていいとか、無理に誘うとパワハラになるとか、嫌なことは断っていいとか、そういう文化だから、押し付け的な教育観はどんどん消えているけど、でも、やっぱり、そういうのやりたくなっちゃうんだよね。

だって今の先生たちより、メチャクチャだったあの時の先輩たちの方がカッコ良かったんだもん。

絶対に美化されてるとは思うけど…

呼名のBGMに凝ってみたり、生徒側を向いて答辞を読ませたり、卒業式の退場時は担任は先導しないなんてこだわりがあったり…

そんなこだわりを最近の人たちから感じることはほとんどないわけで、来年、担任も終わることだし、そういう押し付け教育観を新人に押し付ける役割にでもなろーかなーって最近は本気で思っている。

まあ昔の先輩たちと同じようには時代的に難しいだろうけど…

今日は、音楽の先生に無理言って弾いてもらった呼名BGM(仮)を体育館で流す実験に、新人さん2人を無理矢理付き合わせた。

新人さんに、

「あなたたちの学年の入学式の呼名BGMは何だった?」

と聞いたら、知らないって言われたので、

「そういうとこへのこだわりを待ちなさい。自分で選んで用意した曲で呼名をして、その後のホームルームで何の曲かわかったか?とか、生徒になぜその曲にしたのかとか想いを語りなさい。そういう想いを語ることだって生徒たちとの関係には大切なことだと思うよ。この話はとても大切だから新人研修の300時間分にカウントしておくよーに!」

と押し付け的教育観を偉そうにガッツリ押し付けといた。

さらに卒業式へのこだわりとか、校歌への思いとか追い押し付けもキッチリしておいた。

押し付け指導を受けた新人さんがどうなるかはわからないけど、何も考えないで卒業式のBGMを聞く先生ではなく、そこに想いやこだわり、パッションや背景を想像できる先生にはなってほしいなと。

あー今日もレミオロメンの3月9日をコソ練しなきゃな。

指が痛ぇ…

【教育雑感】教育の手段と、教育の目的

教育の手段と、教育の目的

オンライン授業

2021-12-19


「授業を通じて何を教えたいの?」

とか、

「部活を通じて何を教えたいの?」

などと初任のときにさんざん言われて、

(え?面白い授業をやるのが目的じゃダメなの?)

とか、

(え?楽しいから部活やってるじゃダメなの?)

などとむっちゃ思っていたけど、オジサンになって、

「目的が何かを真剣に考えなきゃだめよ」

とか、

「手段が目的になったら本末転倒だよ」

などと偉そーなことを言っていたりもする。

当然、今は、この活動の目的は何だとか、目標はどうするとか、ぐるぐると考える習慣はついたし、子どもたちの将来にどう繋がるのかをずいぶんと意識するようにはなった。

けれど、実は、手段が目的になっていることもたくさんあって、とりあえず試してみたいということだらけだったりする。そういうことに挑戦するときは、架空の目的というか、きっと素晴らしい教育的効果があるよ的な仮説を設定して、周囲を巻き込んでいる気がする。

半分騙しているみたいで申し訳ないのだけれど、やったことないことはやるまでわからないんだから仕方ないよねって心の中で謝罪と言い訳をして、自分を納得させている。
そうやっていろいろ挑戦していると、何年かしていろいろ見えてきて、後付けで目的が決まったり、やっぱり仮説は正しかったよねとなることがある。というかここ最近は、ずっとそんな調子で過ごしている気がする。

なので、若い人には、

「直感として、これやりたいって思うことがあったら、目的とか考えないでもいいから、臆せずどんどんやりなさい」

って言ってあげることがいいのかなと思ったりもする。

けど、自分がやりたいだけで、子どもたちのために何にもなっていない押し付け教育活動はいかがなものかとも思うし、自分の活動がそうなってはいないという根拠もないし、けっきょく何が正しいかなんてわからないなと。

ということで、私の直感に振り回されている人、ごめんね。私はけっこう、手段が目的になったりする人なんです。

【教育雑感】新しい形のパワハラになってしまった…

新しい形のパワハラになってしまった…

上司

 

「先生、いつも遅いですね。いつ帰っているんですか?」

と、今年、赴任してきた体育の先生に聞かれたので、

「毎朝早く来て、他の先生方の机を拭き、窓を開け、お湯を沸かし、ストーブを入れ、紙を補充して、それから授業をして、放課後も面談や部活、会議、授業準備をしているので、24時間働いていますね。

まあ、私はオジサンなので、先輩たちから

『新人なんだから先輩たちの机を磨くところから始めろ!』

と言われながら育ってきたんです。昔はイキっていて、朝練頑張ってるぞ!とか、土日も生徒と一緒に頑張ってるんだ!とか偉そうに振る舞っていたんですが、ある時、お世話になってた体育の先生に

『ところで朝の学校って誰が開けてるんですか?』

って聞いたら、

『馬鹿かお前!だからお前は生徒と同じレベルなんだよ。朝、誰が開けてるかも知らないで、自分は部活頑張って偉いと思っていただろ?一番に開けている先生に「いつも、ありがとうございます」って言ったことあるか?だからお前はダメなんだよ。生徒と同じレベルだ!』

とか言われたんです。それが心に刺さって…

それ以来、誰がどこでどう動いているか見るようになって、我が物顔で飲んでいたコーヒーもたまには買うようになって、そのとき初めてコーヒー豆ってひいてもらうって知ったり、コーヒー豆って意外といい値段するんだとか勉強になったり、あーこの人が実はプリンターの紙補充してたんだとかわかるようになったんです。

ちなみにうちの学校開けてるのは体育の〇〇さんです。あの人はけっして自分がやっているなんて言わないし、人にやれって言わないです。けど、感染症対策のために廊下の窓開けとかも全部やってます。あっちなみに私も担当学年の窓は毎朝開けてます。すごいでしょ?(笑)。

まあ、私はオジサンで、

『お前バカか!生徒と同じだな!』

なんて言ってくれる人たちの中で育ったからそういうことが染みついているんであって、今の人たちにはとてもじゃないけどそんなこと言えないですね。時代は変わったし、パワハラになっちゃいますからね~ははは~(笑)」

ってな話を職員室でノリノリで語った結果…

次の日から体育の若い人たちが朝早くなって、いろいろやるようになってしまった…まじゴメン…そんなつもりはなかったんです。

きっとこれでさらに早く来る生活が始まって、みんな疲弊するんだよね…

そして、そのうち当番制になって、当番サボったヤツの悪口言うようになるんだよね…

私が言いたかったのは、

「やれるときに気づいた人がやることと、誰が何をしているのかを知ることが大切ってことと、昔の先輩はズケズケいろんなこと言ってきた」

という話であって、若い人たちに説教したかったわけでも、先輩と同じことをさせたかったわけでもないんです。

けど、結果として新しいタイプのパワハラになってしまったことは否めないかなと…まじゴメン…